【おたよりコラム】心の中にある声に

 「どうしよう」「どうしたらいい?」「最初はなんの音だったっけ?」「どうする?」まっしろな頭で必死に考える。でも落ち着いて考えることもできない。スポットライトをあび、ステージの上でひとり、黒いグランドピアノに向き合いながら、思考だけが空回りしていく。真っ白な世界の中、永遠とも思える時間がすぎていく。「はやくだれかどうにかして」そんなことを思う。でもだれの声も自分の耳には届かない。  小学校3年生か4年生の秋から冬にかけての少し寒くなっていた時期だったと思う。通っていたピアノ教室の大きなホールでの発表会。ひとりひとりの発表と連弾の発表があった。どちらも譜面を見ないでひけるように練習を数ヶ月前から行い仕上げてきていた。発表会が始まる。みんな素敵な服で順番にでてきては、ピアノを弾いていく。自分の番が近づくとステージの袖に移動した。指が冷えないようにカイロで指をあたためる。ひとり、またひとりと順番が近づくにつれ、不安になっていく。「できないかも」「できる、大丈夫!」「もし失敗したら?」「あれだけ練習したじゃん」頭の中で心の声が言い合い始める。いよいよ次は自分の番、心臓がどくどくどくどくと音を立てる。足にもちゃんと力が入らずふわふわした感覚。「プログラムナンバー24番、三尾新くん、曲は~」アナウンスが流れる。背筋を伸ばしてステージ中央へ。お辞儀をして、椅子を調整して、ピアノに向き合って座った。そのとき、すべてが真っ白になった。あとは冒頭の話のとおり。そのあとどう退場したのか、そもそも曲を弾いたのか、なにも覚えていない。  ピアノの発表会だけではない、あがり症の私は、人の前にたつことが苦手だった。作文の発表などはもちろん、クラスが変わる4月におこなわれる自己紹介。順番にまわってきて、ちょっとたって名前をいうだけ。それだけなのに、足がプルプルと震えてしまう有様だった。これは中学生になっても変わらなかった。みんなに気づかれませんようにと必死に願っていた。いつから大丈夫になったのかという質問に、こうしたらよくなりました!といえたらとても良いのだけれど、実は今でもふとした発表の時に急に心臓がバクバクしはじめて、困ることがある。治せたわけではないのだと思う。でも、わかる。バクバクし始める時は、うまくやりたい、格好良くやりたい、そんな想いがあるとき。自分へのハードルをあげ、失敗したらと勝手に不安になるのだ。格好つけようと見栄をはるといいことはない。それに気付いた最初は、高校生のとき、1000人以上の生徒の前で生徒会になるための選挙演説をした。うまく話をするために話す内容を事前に考える。そしてたんたんと話をする。ちゃんとそれを読み上げるだけ。でも他の役職の候補者が話しているのをみて感じた。自分は根本のところ真面目すぎる。もっと適当でいい。そう思うようになってから発表の時に話す内容の全文は用意しなくなった。用意すると、失敗があるけれど、考えてなければ別によいのでは、と思うようになった。真面目にいることもとってもよいことだと思うけれど、どんな場でも、あそび、ふざけられることの強さに惹かれ始めたのはその頃からだったと思う。高校大学社会人とたくさん人の前で話したり発表する経験をしてきた。そのたびにだんだんとありのままの自分で話せるようになってきた。そしてどんどんラフになっていく。ちゃんとやることも大切なのだろうけど、今はこれでいいと思えている。なにより発表していて人の顔をみることができ、私自身が楽しく話せる。これこそ自分なりの正しいだと思う。ちゃんとすること、立派にすること、それだけが正解ではないと思う。正しいを求められたとき、その正しいはルールや他の人の中にではなく、ひとりひとりの中にこうすると気持ちいいと思えるものがあるのではないかなと思う。その気持ちに素直に従ってみる。きっとそこには正しさと一緒に素敵な光景もまっていると思うから。

三尾 新

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