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【おたよりコラム】母の心配

 今年の5月、とても幸せな5月でした。母の日と私の誕生日が重なった今年の5月14日、ようやくというべきか、ついにというべきか30歳になりました。たくさんの人に『おめでとう!』と声をかけていただき、とても幸せな誕生日をすごさせていただきました。30になったからなにか変化があったかといわれると、まだわかりませんが、今まで通りできる限りたくさんチャレンジをしていきたいなと思っています。子どもたちにとって、少しでもすごいなと思える人であり続けられるよう心を引き締めていきたいなと思っています。

 そして、その幸せな誕生日から1週間後の土曜日、久しぶりに母と会いました。といっても私から会おうとしたわけではないというのが恥ずかしい話ですが、母がしばふハウスに来てくれました。なんの連絡もなく、突然きたため、最初、だれかのおばあちゃんでもきたのだろうと思うほどでした。半年以上はあっていない母でしたし、普段の教室やしばふハウスで会っている方々と母が話しているという状況に、どうしたらよいものかと、終始そわそわしてしまっていました。結局、面と向かってゆっくり話す、ということは恥ずかしく、私は母とはあまり多くは話していませんでしたが、母が他の方々と話しているのをみていて、「あぁ、変わらないなぁ」と私も安心していました。

 母の帰りがけ、バス停までおくる途中母は、ずっと話し続けていました。はじめてのしばふハウスをどう思ったのか気になるところでしたが、話の大半は出産が近づいてきた姉の話ばかり。今姉は不安だろうという話、話し相手がいるだろうかという心配、旦那さんの育休の話、出産した後の居場所の心配、たくさんの悩みが溢れてきていました。前の私だったら母の心配を「そんな心配しなくてもいいじゃない、大丈夫でしょ、そんなの、なるようになるよ」きっと母の想いをそんな風に捉えていただろうなと今になってそう思う。出産は本当に大変なことなんだろうな、と、出産したからこそ感じている心配がたくさんあるんだろうと。母にとっては初孫。幸せと不安、どっちも大きいのだろう。そんなふうに感じられるようになっている私はきっと周りの人たちのおかげで、成長してきているのかなと自分で思ってみたりもしていました。

 私には赤ちゃんが生まれてくる喜びというのは、まだまだどうしても実感できていないこと。姉の子が生まれてくる。生まれてきたら私は何を感じるのだろうか。姉や母のように大きな喜びを感じることができるのだろうか。男の私にとって、子どもが生まれる喜びを強く実感することができるのはいつなんだろう。そんなことを思っていたりする。

 そしてきっと今目の前にいる子どもたちは、そういった心配をされながら、生まれ、喜ばれてきたんだろうなと感じています。そんな宝物のような子どもたち。まっすぐ向き合っていきたいと思っています。

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