【おたよりコラム】一言で

 「おい!いまなんていった!なんていったんだよ!」突然の怒鳴り声に、歩いていたランドセルの子が立ち止まる。急にでてきた大人が、つかつかと詰め寄ってきて、目の前に立つ。ランドセルの子は、まずいことをしたという表情になる。まわりを歩いていた子たちもみんな立ち止まっている。それでも、その大人はその子に対して、絶対してはならないと叱りつけていた。この叱られている子は学校帰りの1年生。黄色いカバーをランドセルにつけて毎日歩いている男の子。そしてしばふハウスからでてきて、その子に怒鳴り声をあげている大人は、まさしく私自身だった。
 怒鳴り声の前、なにがあったのか。ランドセルを背負って通学路を歩く男の子は、学校帰りに、「いま何時?」といつも元気に声をかけながら、しばふハウスの中の時計をのぞいていく。それがいつものできごととなっていた。そしてそれはその日も変わらなかった。でもその日はもう教室が始まろうとしているときのことで、しばふハウスのカーテンは閉まっていた。閉まっていたけれど、隙間もある。その隙間から、時計を確認しようとのぞきこんでいた。いつもと違ったのはここから、のぞこうとしていた隙間の反対側に教室に来ていた子が立っていたのだ。外の子からすれば、時計をみたいけど、みれない。中にいる子が邪魔になっていたのだ。そして、その1年生は吐き捨てるように一言。「邪魔だよ。どけよ。ぶっ殺すぞ!」そして振り返って帰っていく。その言葉に反応し、即座に外のしばふに飛び出た自分がいた。そして冒頭の怒鳴るシーンへとつながっていく。  「その子が本当にひどい子で、」なんていうことが言いたいのではない。「最近の子は言葉遣いが、」なんていう嘆きを伝えたいわけでもない。私が思うのは、どうしたら、こういった言葉が使われなくなり、こういった言葉を言われる子がいなくなるのか。そこに尽きる。軽い気持ちで放たれた言葉でも、受け取る側が軽く受け止めてくれるというわけではない。テレビの世界では当たり前に使われる相手をさげる言葉、大人が当たり前に使うくだけた言葉には、前提として信頼関係がある。でもその言葉を子どもが真似して使うとき、その言葉の重さ、その言葉を受けとる人の気持ちまで考えられていないことが多い。そして言われた人は心にずしりと重い感情を残されてしまう。『死ね』『殺す』『嫌い』『最低』『最悪』『きもい』などの直接ささる言葉は相手に対しては絶対にいってはならない言葉だと思う。でもそれだけではない。『無視』『うその噂』『うらぎり』『仲間はずれ』他にもたくさん人の心に重い感情を運んでくるものが多くある。そして、その重い感情は学校の生活の中、友だちとの間にもあらわれる。そして悲しいことに、思い悩んだ結果命を落とそうとしてしまう。これはこの1年の間に近隣の小学校で2件おきている。本当に怖くなる。当たり前の生活の中に溶け込む恐ろしさ。でもだからといって子どもを大事に大事に鳥かごのことりのように閉じ込めておくわけにはいかない。そういったことに慣れて欲しいわけではないけれど、どうしたってなくなる問題ではないので、真っ向から受け止めずに受け流す方法も身につけていかないといけない。そしてそういったことを言われたりしてしまう怖さもあるけれど、相手にそういった重い感情を与えてしまうような人になってしまうことの方が怖いことだと思う。私がなにより子どもたちに願うのは、相手の気持ちを考えられる人になってほしいということ。勉強を教えてはいるけれど、勉強なんかできなくてもいい。そんなことよりも、なによりも、人として、素敵な人になってもらいたい。そして、人として大事だと思うことを、常に子どもたちに真正面から伝えられる人でありたい。

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