【おたよりコラム】小さな世界

 この時期になるとパンジーを思い出す。すずらん、クロッカス、桔梗、サルスベリにハナミズキ、椿に柊、植物の名前が季節も含めてふと頭に浮かぶ。なぜいまあげた植物がすぐ思い出せるかというと、家の庭にあってよくみて育ったから。みていたというより実験道具にしていたという方があっているのかもしれない。思い出している庭は小学6年生まですごした家の庭のこと。その庭でヘチマを育てたこと、ショウリョウバッタをたくさん捕まえたこと、外で飼っていた金魚が猫に取られたこと、飼っていたハムスターを弔ったこと、鳥のエサ台をつくったらメジロやヒヨドリが食べにきたこと、鳥のフンのところから木の芽がでてきたこと、レンガを何度か敷きなおしたりしたこと。小さな庭だったけれど、たくさんのことが思い出せる。でもどれも幼稚園や小学校低学年のことの思い出。それもそのはず、小学生の2、3年生にもなると、ひたすらにボールをもって外に遊びに出かけてしまっていたので、庭で過ごした時間はそれほど多くなかったのだと思う。それこそ、中学生高校生のときに過ごした引っ越した後の家の庭ははっきりと思い出せないほど。少し広くなって遊ぶにももってこいだったはずなのに、庭にあった植物のことはもちろん、遊んだはずなのに遊んだ思い出があまり思い出せない。親がいない隙をみて、布団を庭にだし、バク転の練習をしていたら、めちゃくちゃ怒られた。そんな記憶ぐらいだ。

 大きくなっていくと行動範囲も広がり、遊び場も増えていく。遊び方もちまちましたものから大きな遊びになっていく。そうすると、ひとつひとつの小さな気づきが減っていくのかもしれないと感じる。塀と石の隙間に詰まった1cmの土、端っこに生えているカラスノエンドウの豆の膨らみ、コンクリートのひび割れ、虫の世界。そういったものをみて、多くのことを感じていたはずが、気づくとそういった小さな発見をしなくなっていたわたしがいた。庭の植物や虫のことをたくさんたくさん気づけていたのは小学校のころまでだったのだと思う。

 子どもはみんな最初「母のそば」にいる。ちょっと離れると泣いてしまう子もいる。それがだんだんと「見えるところにいれば大丈夫」へと変わり、やがて一人でも大丈夫になる。幼稚園や学校にも行けるようになるし、買い物も親のいないお泊まりもできるようになっていく。こんなにも大きな成長はないなぁといつも感心する。でもその一方で、その大きな成長は子どもたちのみえる世界をも変えていく。今、子どもたちにみえている小さな世界、それが見えている時期は意外と少ないのかも知れない。へんなものは持って帰ってくるし、汚れて帰ってくるし、急いでる時に限ってそんなこと、、そう思うこともあると思う。でもそれも今の時期だからできることなのだと思う。その小さな世界にどっぷりはまれるときに、小さな世界の中のできごとに沿った形で知識がつながると、ものすごく生きてくる。大人になっても生きてくる。今のわたしの植物の知識はほとんどが幼少期にみて、触って、遊んだ、草花がほとんど。なかなか大人になってから草の種類、虫の種類、鳥の種類、新しく知っていくことは難しいように思う。

 もし、子どもたちが、なにかの隙間をいじっていたら、なにかをじっとみていたら、そのものにぐっと一緒になって入ってみてほしいなと思います。子どもたちの視野は10cmの円ぐらい。手のひらにおさまるその世界を写真に収めてみると、子どもたちが魅了されている小さくて大きい世界がみえてくるかもしれません。

三尾 新

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