【おたよりコラム】だれかがみていることが

 ぐっと力の入る低い姿勢。「よーい」という声。全神経を耳に集中させる。バン!!その音でとびだす。そのまま一気に駆けぬけていく。緊張からの解放。その気持ちよさ。「ねぇねぇ!」「みてた?」「何位でしょう?」いつもの何倍も口数が増える。誰かにいいたくて仕方ない。楽しくて楽しくて表情もずっと笑顔。イベント好きの私が1年で一番ワクワクする学校のイベントが運動会だった。各学年男女8名ずつが選ばれる代表リレーの選手にずっとなれたことはワクワクを高めていたひとつの理由だと思う。私の学校では低学年の代表リレーと高学年の代表リレーがあって、高学年の代表リレーは運動会のトリ。最後の盛り上がりどころだった。5年生のときの代表リレー、わたしへのバトンは4位で渡ってきた。「はやくこい!はやく!」そう願いながらバトンを受け取る。バトンパスでひとりぬき、カーブでひとり抜き、最後のストレートでもうひとり。なんと4位から1位への全員抜き!抜く度にわーっと盛り上がる声援。リレーはチーム優勝!完全にヒーローになっていた。その日、るんるん気分で家に帰った後、少し暗くなってくる夕方ごろ、近くにあったコープというまちのちいさなスーパーに買い物に母といった。買い物が終わりお店の前でひとりでちょっと待つタイミングがあった。数分の待ち時間だったと思う。お店の前、人が近くを通るたびそわそわしていた。近くを通る人がみんなが自分のことをみて、話しているように感じたのだ。「あの人とっても足速いんだよ~」「すごかった人だー」と。

 6年生の運動会でも全校生徒の前で自分はヒーローになっていた。それは騎馬戦だった。まずは男の子全員、次に女の子全員、そして男女含め学年全員、そして最後の学年全員のあと、生き残った騎馬が一騎討ちでの勝ち抜き戦を行うという形式だった。学年全員で戦ったあと、私の騎馬は生き残ることができた。ただ、これから一対一の勝ち抜き戦というとき、騎馬の数が4騎対6騎と圧倒的に負けていたのだ。しかもこちらの1番手が負けてしまう。2番手だった私はここから1騎、また1騎と相手の帽子をとっていく。すごい歓声の中、相手の副将まで5騎連続で勝利した。相手の大将には負けてしまうのだけれど、最終的に大将戦でこちらのチームが勝つことができた。全校生徒の前で注目を集め、もうすっかり優勝の立役者、みんなに知られている有名なまちのヒーローになったと思っていた。この時も自分がヒーローだという思い込みから抜け出すまでに、だいぶ時間がかかったのではないかと思う。  全校生徒の前で目立つようなことがあるとすぐ天狗になって、まちの全員が自分の活躍を知っていると思っていた。実際のところ、街の人の大半は私のことなんて知らないし、運動会に来ていた人ですら、私のことなんて覚えていないのが現実。きっと声援や盛り上がりも美化された記憶だと思うけれど、それでも思い込みとはすごいもので、20年以上経ったいまでも覚えているほどに、自分のことをまちのヒーローであり、まちの有名人のように感じていた。よっぽど嬉しかったことなのだと思う。勝手に舞い上がっている幸せ者だった。でも、これが思い込みであったとしても、ひとつの大きな自信になっていたと思う。そしてこの自信は、母の手のひらの上で転がされた結果だったのでは?と最近になって思う。いつも母が必ず私の活躍をみていてくれたのだ。もし私の活躍を身近な人が知らなかったら「意外と知られていないものだなぁ」と感じ、あたり前にみんなしっているなんて思えなかったのではないかと思う。私がみんな当たり前に知っているものだと思い込めたのは、母が知っていたからこそなのだと思う。高学年になると「見にこないでよ!」と言っていた私だけれども、母がいつもみてくれていたということが自分の自信を大きくしてくれたように思う。私は母が与えてくれたような大きな影響力はないけれど、たくさんの子たちの心が動くそのタイミングを逃さず、「どんなときもみているよ」と、全員が自分が主人公なんだと思えるように、ひとりひとりの一瞬一瞬をみていききたい。

三尾 新

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