【おたよりコラム】感謝を空に

 お伝えできていなくて謝らないといけないことがあります。ひとり抱えてしまい、誰にもいえずにおりました。3年前の5月5日にしばふにきてくれたうさぎのもなかが、ハロウィンの少し前10月26日の夜に天国へと旅立っていきました。その日の朝ごはんも元気に全部食べきり、授業前の午後にもおやつをねだってきていたもなか。突然のことになかなか私自身、受けとめることができずにお伝えするまでに時間がかかってしまいました。気持ちよさそうに寝ているようなやわらかい表情でこちらをみてくれていました。その日、もなかの横で夜を過ごしたのですが、まるで実感がわかず、悲しさを感じるどころか、一緒にいるのに、なにも感じられていませんでした。ようやく感情がついてきたのは、翌日、通常通り1日を過ごし、夜にもなかの葬儀を行い、天国へ見送った後のことでした。それまでずっと涙が出ることもなく、感情もうごかない私自身を、ひどく冷たい人間のように感じていたのですが、見送った後、ぽつりぽつりと想い出が湧き上がってきました。横浜から電車にのって一緒にやってきたこと、きて体を洗ってあげたこと、いつもジャンプして枠をこえて脱走するのがもなかだったこと、もなかがいちばんの食いしん坊だったこと、木の枠をかじって新しい逃げ道をつくっていたこと、貸切の度に外におでかけしていたこと、自然の原っぱにつれていってあげたときのこと、伸びてきた毛で顔がもふもふになってしまうのでしょっちゅうカットしてあげていたこと、夜しばふで自由にさせてあげていると、きまって黒板かドアかに背中をつけてごろっとねていたこと。溢れ出てきたもなかとの想い出は、止まらなくなっていました。それと同時に、どうして気付いてあげられなかったんだろう。どうしてもっと外に連れていってあげれなかったんだろう。どうしてもっと自由にしてあげられなかったんだろう。自分がしばふに連れてこなかったら、もっと幸せだったんじゃないだろうか。とたくさんのできなかったことなどが後悔として押し寄せてきました。でもそう思うにはあまりにも遅く、悲しさと自分のダメさに咽び泣くしかできませんでした。「子どもたちに生き物に、命とふれる機会を、と思ってしばふにつれてきた」そんな風にいっていた私。きっともなかにとっても、大事に思ってくれているたくさんの人たちに見送ってもらうのが一番うれしかっただろうし、子どもたちにとっても一緒に送ってあげることがひとつの大きな経験になったのだろうと、今は思います。おそらくその時も頭ではわかっていたと思う。でも私自身が死という現実を受け入れることができておらず、誰かに言ってしまうことで、本当にもなかが亡くなってしまったのだと実感することが怖かったのだと思うのです。まだまだもなかに向き合う勇気がありませんでした。子どもの経験にと偉そうなことをいっていたのに、もなかに一番たくさん心の動かされる経験や大きな気づきをもらっていたのは私自身でした。  今、私にできることは、もなかの兄弟のふわりとチャイの幸せを想い、精一杯努めていくこと。そしてそれはふわりとチャイにだけでなく、命あるものすべてに対して、幸せを願い、微笑みかけながら、生きていくことだと思う。そして、またもなかに会えたときに恥ずかしくないよう、誠実にきちんとひとつひとつに向き合っていくことだと思っています。  みなさんに、私の心の弱さから、ご報告が遅くなり、また、別れを見送る機会を奪ってしまい申し訳ありませんでした。  きっともなかは先に天国にいっていたリブラたちと一緒に走り回って楽しんでいるのだろうと思っています。死者の魂が家族の元に帰ってきてくれる日、そんなルーツのあるハロウィン。天候に恵まれ、笑顔あふれるイベントになったのは、もなかたちが帰ってきてくれたからなのでは、と青空をみながら感じていました。たくさんのあたたかさをくれたもなか。今は元気に走り回っているかな?それともごろんと寝ているのかな?変わらずのんびりと楽しんでいますように~ 三尾 新

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