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【おたよりコラム】安心がエネルギーに

 3月末、しばふハウスの立ち退き直前、突然母がしばふハウスにやってきた。普段ほとんど連絡することもなく、LINEのやり取りが年に1回か2回という程度。そんな母との関係、母からも何の連絡もなく、急にきたものだから、母が来た時に母だと気づかず「こんにちは~どうぞ~」といっていたほど。「元気みたいでよかったわ。」「どうなの?大変なんじゃないの?」「場所はみつかったの?」立て続けに言われ、「いや、こっちはこっちでいろいろ考えているから!」そう言いたくなるほどだった。ただ、がんがん投げかけられる言葉に「わかってるよ!」という気持ちも大きかったけれど、母のその言葉の裏に『心配』『不安』があることが伝わってきた。SNSであげていた情報をみて、しばふハウスが終わる前に一度いっておこう、そう思ったのだと思う。マシンガンのように話した後、勉強しにきた中3の子がきてからは、しゃべることもなく、すみのほうで、長い時間すごしていた。そしてすっと帰っていった母からきたLINEが「究極に良い時間だった」だった。なにも構うこともせず、ただただ中学生からの質問に答えている私をみていた時間。それが幸せな時間だったと。35歳になり、大人になったと思っていた私だったけれど、母は私の想像よりもはるかに大きく深い存在だということに気付かされた。  私のように子どもは親の想いに気づかないことも多いけれど、子どもたち自身も気づかぬうちにたくさんのことを受け取っている。なによりたくさん受け取っているのは『安心』なのだと思う。『安心』はとても大きな力になる。お母さんがトイレに行って見えなくなると、泣いてしまうような幼いころ。帰ってきたお母さんにくっつき安心をもらっていた。そして、近くにいるのがわかれば、見えなくても泣かずにいれるようになり、ついには1人でお留守番もできるようになっていく。ひとりで幼稚園や保育園にも当たり前にいけるようになる。ちょっと嫌なことがあっても、家に帰り、お母さんのそばにいると、ほっとする。また明日もがんばってみようかな、と安心は挑戦するエネルギーに変わっていく。絶対にわたしの味方でいてくれる。そういう大きな安心を感じ続けるうちに、いつしかお泊まりも大丈夫になっていく。こうして離れていられる時間が長くなっていくのだと思う。こうして離れられる時間や距離が増えていくのと同じように、わからないことにも挑戦してみよう、失敗しても大丈夫。そう思えるようになるのも、安心の力のおかげだと思う。私を信じてくれた、わかってくれた、自分のために時間を割いて向き合ってくれた、そう思える経験が心のエネルギーになるのだと思う。心のエネルギーがたまると『私は大丈夫!』と自信になって、失敗をなんどしても、もう一度やってみようと思えるほど、強い心に育っていくのだと思う。  しばふハウスはいったんなくなってしまい、『居場所』というよりも、『教室』という感じが強くなってしまうかと思いますが、子どもたちにとって『安心』をたくさん与えてあげられる存在でいれるように、常に子どもたちひとりひとりにまっすぐ向き合っていきたいと思います。  ひとつの習い事という感覚ではなく、いつでも、どんなことがあってもしばふハウスにいけば大丈夫。そう安心してもらえるような場所もつくっていけるよう動いてまいります。  最後にきてくれた母。母に対しても『安心』を与えられたら一番いいのだろうな、と思いつつも、わざわざ連絡するのもなぁと思う私がいる。『便りがないのは良い便り』と思ってもらえないものか。子どもたちにしようとしていることだけれども、それを自分の親にとなると難しいものですね。

  三尾 新

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