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【おたよりコラム】好きのはじまり

 秋といえば、食欲の秋に、読書の秋、芸術の秋といろいろなことに集中したり楽しみやすい季節。でも小学生のころの私は、秋といえば?と聞かれたら、まよわず「スポーツの秋!」とこたえる子だった。学校が終わったら、ランドセルを置いてボールを自転車のかごにいれて学校や公園へ!そして門限を過ぎるまで遊び、毎日のように母に怒られる男の子。そんな子どもだった。そんな私が一番好きだったイベントが運動会。運動会が近づくともう2週間前ぐらいからワクワクしていた。学年種目や個人での徒競走に代表リレー、高学年のときにあった委員会の役割、どんなことでも運動会に関わる練習というだけで、楽しくて楽しくて仕方がなかった。そんな私なので、運動会当日はもうハイテンション。朝からしゃべりっぱなし。運動会をみにきた両親をみつけると「みてた?」「徒競走何位だったでしょう?」と自慢げに話していたのを覚えている。昼ごはんは家族で一緒にお弁当を校庭で食べるという小学校だったので、家族と一緒になると姉と張り合っていたのも懐かしい思い出。高学年になると、親がきてるのを友だちに見られるのを恥ずかしく思うようになり、「こなくていいから」と親に言っていたものの、運動会当日、競技が終わるごとに、来てないかな、と探していたりもした。親を見つけられないと、きてないのかな、とちょっと寂しい気持ちもでてくる。でも、あとで会ったときに「徒競走はやかったねー」「騎馬戦すごいたくさんとってたね!」とふと言われ、見ててくれたんだとすごく嬉しくなっていたのを覚えている。それでも、口からは「見に来てたの?こないでって言ったのに」という冷たい言葉しか言えないのどうしようもない子だった。そんな大好きな運動会。身体を全力で動かせるから、勝ち負けが決まる勝負事だから、運動会を好きな理由はいろいろあるけれど、なんだかんだ1番の理由はたくさん褒めてもらえるイベントだったからなのだと思う。  私の好きはたくさんある。運動はもちろん、ものづくり、絵を描くこと、パズルや知恵の輪、料理に学ぶこと、新しいことに挑戦すること、人と違うことをすること、どんなこともやってみたいし、できなくてもどうしたらできるんだろうと楽しくなってくる。好奇心旺盛だったといえばそれだけだけれど、きっとどんなこともやってみようと思え、今でも失敗してもめげずにもう一回やってみようとあたり前に思えるのは、なにをやっても褒めてくれたり、頑張りを認めてくれる母がいたからなのだと思う。失敗していても「じゃあもっとこうしたらうまくいくかもよ」「ここはよかったじゃん」「もういっかいやってみれば」と声をかけてくれていたように思う。ほかの人と違うことをしても、母の予想の斜め上をいくようなことをしても、気持ちは汲んでくれていたおかげだと心から思う。きっと何度も何度も母をぐっと我慢させていただろうし、母の怒りを爆発させてしまうことも本当にたくさんあったと思う。いまでこそ申し訳なさもあるし、感謝もある。でもこうして母に感謝ができるようになったのは、最近のことなのだと思う。

 私の「好き」のはじまりは、やってみたらというひと押しと、やったことを認めてくれる一言なのだと思う。きっと誰にでも好きはあると思う。その好きは誰かが見てくれていて、褒めてくれたり、頑張りを認めてくれたという原点があるのではないかな、と思う。この9月しばふハウスが新しくスタートすることになった。前よりできることは少なくなってしまうだろうと思うけれど、たくさんの「やってみたら?」「いいじゃん!」とひとりひとりに声をかけて、少しでもたくさんの好きのきっかけを届けていけたらいいなぁと思う。 三尾 新

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